自分の蝶を放て!

少数派の素晴らしい点






自分は少数派だと意識することはないだろうか?





例えばグループやチームの中で、同じ意見を持つ人が他にいない、あるいは自分とあと一人ぐらいだったり。人から「君は変わっているな、誰もそんなこと考えていないよ」と言われたり。





大多数が同じ方向に進むなか、自分だけが違う方向を見ている。
そんなことを何度も体験している人がいると思う。
なぜ人と同じようになれないのだろう? 足並みを乱すことで、迷惑をかけてしまうのではないか?





それで悩んでいる人もいる。
私の友人にも、自分がいつも人と違う感覚を持つ少数派になりやすいことに悩んで、大勢の場で意見を求められたときにストレスで手が震えるようになった人がいた。





少数派であることは「いけないこと」なのだろうか?
また、自分が少数派であることを意識させられ、やりにくさ、生きづらさを感じるようなとき、いったいどう考え、対処したらよいのだろうか?
具体例を挙げながら考えてみたいと思う。





少数派になってしまったときどうするか

メーカーV社 営業担当南さん(仮名)のケースで考えてみよう。

南さんには、自社の主力製品であるAの売上を伸ばすというミッションがある。しかし、Aという商品は近年売上がジリ貧、頭打ちの状況で、競合にも負け始めている。南さんは営業としてこのままではいけない、何とかしたいと危機感を持っている。上層部からは当たり前のように売上伸長の指示があるが、南さんは、このまま以前と同じ売り方でよいのか、そもそもAでよいのか、何か違うものが必要ではないかと考えるようになった。





そんなとき、担当している商品Aのユーザーから「いま解決したいことがあるのだが、良い方法がないか?」という今まで聞いたことのない悩みを聞かされた。





この悩みは商品Aでは解決できず、違う商品やソリューションを提供する必要がある。だが今のV社には提供できるものがない。そして他社にもない。





かりに、それを新しく創りだせたなら、商品Aの課題を解決することにつながる。多少時間はかかるだろうし、さまざまな人が関わるので体制作りも必要だろう。だが、南さんは何とかできないだろうか、いや、どうしてもやってみたいと考えた。





そこで、上司に提案した。上司は、「とにかく商品Aの売上拡大は絶対で、商品Aを売る営業が1名減れば売上も減りかねない。だから、それはダメだ」と反対されてしまった。周囲からも南さんに賛同する声は出てこない。いや、何人か共感はしてくれるのだが、上司の命令に反発することになるし、代案があるわけでもないので表立って賛同してくれる人はいないということなのだ。
南さんは完全に少数派になってしまった。

こんなときどうするか?





少数派はブレークスルーの起点になれる

お客様に貢献したい、会社を良くするために貢献したいという気持ちは、じつは事業部の誰もが共通に持っている。
会社として、主力商品であるAの売上シェア拡大を目標に掲げると決めたのだから、皆それに従い商品Aの販売をし続けてきた。だが、商品Aが頭打ちになってきた今、一番の目的である会社やお客様への貢献という目的を達成するためには、新しい商品を企画しそれを成功させた方が良いのではないか。そう考えるのは少しもおかしくない。本質的に大事なことをわきに置いて、とにかく商品Aを売ることが目的になっている。
こういうことはよくあることだ。

本質的な目的、実現したい理想の状態、すなわちビジョンを描いて、実現への道筋を示せれば、かならず共感者はでてくる。そして、ビジョンの実現に向かって小さくとも具体的な行動をはじめれば、目に見える成果が生まれ、共感者は増えていく。
そして、お客様がそれを望んでいるなら、それは大きな武器になる。
こういう状態を実現したい、実現すれば誰をどうハッピーな状況に転換できると、ビジョンを語って共感者を増やしていくことは、状況を変えたい少数派にとってとても重要だ。

すでにお客様が予算措置もふくめて実施検討に入ってくれるなら、いまは少数派でも、状況はどんどん有利になる。なぜなら、多数派も、事業部門のトップも、未来を拓く新しいサービスが創造できることを望んでいるからだ。そして、お客様がやりたいと言って予算をとってくれることをつぶせとは言わない。

こうなると、少数派でも、いや、少数派だからこそブレークスルーを起こせる。





少数派が新しい多数派になるとき





私自身もかつてリクルートで営業をしていたときに同じような経験をした。                        上司から、「お前のやってることは営業じゃない」と自身の営業スタイルをさんざん否定された。だが、結局はお客様と一緒に商品を形にし、それを他のお客様も導入してくれるようになった。結果として新しいビジネスがうまれ、事業部門の売上は拡大した。トップセールスになれたし、何より、新しい商品を買ってくれたお客様が組織として成長できた。感謝もされた。





多数派の意見や認識というのは、それまでの歴史的経緯のうえにできあがってきたものだ。
しかし、世の中は変化していき、いつか多数派の考え方は行き詰る。
そして、単純な話、人間というのは変化を嫌う生き物なので、多数派でいることの安心感のなかで、まずい状態が継続してしまうことは多い。

それに気づいて違和感を感じたり、何とかしようとするのはいつも少数派で、だからこそ新しい価値を生み出すことができるのだ。

そして、もう一つ、重要なことがあると私は思っている。
それは、多数派は、はじめは反対派や抵抗勢力に見えるかもしれないが、少数派の目指す世界に共感できるところを潜在的に持っていることがじつは非常に多い、ということだ。
つまり、少数派はいつも少数派のままではない。共感しあって前に進むとき、少数派も多数派も関係なくなる時がやってくる。

少数派には、改革の口火を切るという隠れた役割がある。本来あるべき、良い未来を拓くための新しい多数派をつくりだすのは、少数派なのだ。





少数派にはものすごくたくさんの素晴らしい点があるのだが、今回はその1つをご紹介した。