自分の蝶を放て!

夢実現に向けた行動を起こす思考のコツ






現状と実現したい未来の間に大きなギャップがあっても、描いた未来の実現を信じ、やる気になった瞬間に、何かが大きく変わる。
本田技研の創業者、本田宗一郎氏は、まだ会社が浜松にある社員二十人程度の町工場に過ぎなかった頃から、「世界一のバイクメーカーになる」とみかん箱に乗って毎朝朝礼で宣言し、啓蒙しつづけていたという。
彼の話すビジョンは、当時の「会社の現状」とは大きなギャップがあった。
しかし、ビジョンの実現を信じる人たちは、ビジョンに向かってエネルギーを燃やしつづける。
はじめは、実現を信じられない人もいる。
だが、現状とビジョンの間に大きなギャップがあっても、少しずつでも新しい成果が生まれていくと、ビジョンの実現を信じる人は増える。
会社の規模が拡大し、社会の評価が高まり、バイクレースに参戦して好成績をおさめるようになると、「世界一のバイクメーカーになる」というビジョンに向かって前進しているという実感が共有されていく。
信じて仕事をすることはワクワクすることであり、そうすることが楽しいから、はじめから信じてやってみようという人もいる。
だが、そうではない人も、目にみえるシンボリックな成果が生まれると、考えは変わる。
徐々にビジョンを信じる人は増え、すでに信じていた人はさらに確信を深める。より多くのエネルギーがビジョン実現のために集まるようになる。
こうして、ビジョンはより現実的なものになっていく。
ビジョンは、プロデュースを構想する本人自身をその気にさせ、さまざまな人を巻き込み、プロデュースを実現していくエンジンとなる。
ビジョンについて理解することは、プロデュースの実現可能性を高めるための非常に重要な鍵なのである。





ビジョンとは何か





ビジョンとは、「現状から飛躍しているが、実現を信じることのできる未来像」である。「思い」と「ビジョン」の間に大きな差はない。
個人の思いに共感が集まり、「私もその思いの実現を応援したい」という人が多数現れてきたとき、「思い」より「ビジョン」のほうが言葉としてふさわしいかもしれない、という程度の違いである。
ただし、ビジョンは、これから未来に向かって「これを実現したい」、あるいは「こういう状況が生まれてほしい」という思いであって、過去にあったことを「ああすればよかった」という思いではない。
ビジョンの発生源となる人間心理は二通りある。
一つは、「何かを成し遂げたい」「誰かのようになりたい」という前向きな夢や憧れであり、もう一つは、「もうこんな状況はいやだ」「何とか脱却しないと大変なことになる」という現状に対するアンチテーゼである。
脱却したい現状と前向きな夢や憧れが二つセットになっていることもある。
ビジョンは、現状をただ否定するだけでは生まれない。「いまの状況から逃れたい」という思いから一歩進んで、「どういう未来を実現したい」というイメージに発展することでビジョンは生まれる。





ビジョンという言葉の歴史





1980年代後半には、すでに企業経営の現場では「目標」とは違う「ビジョン」が組織変革や開発創造のために有効だという認識が生まれていた。
「ビジョン」という言葉がタイトルに含まれた書籍も出版された。しかし、肝心のビジョンの定義について一言も触れられていなかったり、ビジョンの意味を正しくとらえていないものが非常に多かった。政府の関係機関が発行する報告書に記された「二十一世紀ビジョン」の類も、ほとんどが二十一世紀に向けての「大まかな計画」という意味で使われていたといっていい。
いまでは、ビジョンはポピュラーな言葉になっているが、1990年代後半から急速に浸透してきたのである。
現在では、集団のマネジメントをうまく行うためにビジョンという概念が頻繁に使われるようになり、ビジョンには格好のいい説明がつけられるようになっている。
マネジメントの世界では、ビジョンは共有するためのものという前提で使われている。
また、公共性を持つべきビジョンには、内容だけでなく表現も魅力的で伝わりやすく論理的で矛盾もないという条件が要求されるようになってきた。
ビジョンは未来のイメージであり、それも望ましい未来のイメージなのだと、いまでは多くの人が認識するようになった。





一点ではなく方向性を示す





ビジョンは、目指すべきゴールのイメージだと考えている人も少なくないようだ。
これはおおむね正しいが、ビジョンは単にゴールのイメージではなく、もっと総合的なものである。
たとえば、「売上3,000億円を目指す」とか、「彼女と結婚する」という明確な一点ではなく、「世界中のユーザーから、一生つきあいたいと思われるカメラメーカーになる」とか、「彼女と一緒に、いつも笑顔があって癒される家庭をつくりたい」というように「未来の状況」を示すのがビジョンである。
ビジョンが実現するとどういう物語が展開するかというイメージが、ビジョンからふくらんでいくというのが、ビジョンの大きな特徴だ。
ビジョンを読んだり、聞いたりしたときに、ビジョン実現に至るまで、そしてビジョン実現後にどんな物語が生まれ、「どんな登場人物がどんな思いで行動するか」「どんな障害が立ちはだかり、どうやって乗り越えるか」「どんな出会いが生まれるか」「どんな感動があるか」「ビジョン実現は周囲にどんな影響を及ぼしていくのか」といったイメージが湧きやすいのがビジョンである。
ビジョンを発信する立場からみると、ビジョンを描く際には、未来に向けたシミュレーションや、イメージトレーニングを何度も繰り返して、そうした物語の展開が湧いてくるようなものにしているといえる。
それは、頭の中で自分の思いを確認し、ふくらまし、見直しながら修正したり強化したりし、自分の発想を魅力的で現実感のあるものへと、どんどん磨きあげていくという思考の作業にほかならない。





行動を起こす思考をつくる





ビジョンが魅力的で、それを実現したいと願い、しかも実現可能だと信じられるようになると、人は必ず動きはじめる。
ビジョンは行動を起こす思考をつくるのである。
しかも、この思考は、共感者を集めるのに非常に役立つ。
ビジョンを持っている人は、必ずそれを人に話すときがくる。
共感してくれる相手と出会えば、その相手が一緒にビジョン実現への戦略を考えてくれることもある。アイディアもくれる。情報もくれる。人を紹介してくれる。自分が一緒にやろうといってくれることもある。
ビジョンを話しはじめると、それだけで共感してくれる人と出会う可能性は急速に高まる。ビジョンを話すたび、人からさまざまな反応が返ってくる。自分のビジョンがどのくらい人に支持されるものなのかも、実感的にわかってくる。
こういうプロセスのなかで、ビジョンの表現も、ビジョンを伝えるときの迫力も磨かれていく。
ビジョンをプレゼンする場数を踏むことによって、熱い思いが人の心を動かすようになっていくのである。
実際にプレゼンした場数ではなく、プレゼン場面を想定して、頭のなかで何度も何度も繰り返しビジョンを表現してみる回数も重要である。こうした思考のシミュレーション作業は、アスリートのイメージトレーニングと同じように、「本番」で非常に役に立つ。
ビジョンを語りはじめると、周囲の人々の間には、自分がビジョンに向かって行動をはじめていくのだろうという共通認識が広がっていく。
それは、自分に対するプレッシャーとなる。だが、このプレッシャーはワクワクする感覚をともなったプレッシャーだといっていい。
こうして、自分の頭のなかも、周囲の環境も、ビジョンに向けて動きはじめ、いい意味で「逃げ道」がなくなっていく。
だから、ビジョンは行動を起こす基になるのである。





プロデュースは、ビジョンがあるからはじまる。
魅力的なビジョンは、ビジョンを考えた自分自身のモチベーションの源泉となる。人を動かす力にもなる。そして、突破口を開くアイディアが生まれる基にもなる。
魅力的なビジョンは、プロデュースによって必須なのだ。