自分の蝶を放て!

長期休暇が終わると、なぜ気分が落ちるのか






休みに入る。
最初の数日は、解放感がある。でも、その感覚は長く続かない。
気づくとスマホを眺めている。SNSを流し見る。他人の近況が目に入る。「あの人はもう動いている」「自分は何もしていない」。
そうなると、今度は動く気がなくなる。
休暇が終わるころ、何もできなかったという感覚だけが残る。
休み明けの朝は、休み前より気分が重い。
この流れは、多くの人が経験しているだろう。





なぜこうなるのか





意志が弱いからではない。サボり癖があるからでもない。構造的に、こうなりやすい状態に置かれているだけだ。
仕事をしているときは、課題や締め切り、人とのやりとりや判断の連続のなかにある。
そのなかで、思考と感情は動き続け、問題解決のために行動をせざるを得ない。
いっぽうで、仕事を離れた休暇中は、刺激そのものがなくなるわけではない。
ただ、刺激のあり方が変わる。
情報に触れていれば、「こうしたい」「やってみたい」という感覚が生まれるだろう。
そして、「さあ、何かしよう」「何かしなければ」と焦りに似た気持ちも生じるだろう。
でも、何をすればいいかがわからない。
ここでは、その状態を「ビジョンがない」と表現する。
ここでいうビジョンとは、大げさなものではない。 「自分がこうありたい」「これをやりたい」という、方向感覚のようなものだ。
ではそのビジョンは、どこから出てくるのか。
努力して考え出すものでも、時間をかければ自然と見えてくるものでもない。





ビジョンは、二つの要素から生まれる





ビジョンは、どこから出てくるのだろうか。
ビジョンの基にある人の思いは、「内なる自分」と「外からの刺激」の掛け合わせでつくられる。
「内なる自分」とは、生まれつきの特質と、体験のなかで形づくられた特質、すなわちパーソナリティである。
すべての人間は、生まれつき持っている性格と、後天的に備わった要素によって、考え方、判断、行動のパターンがつくられていく。
後天的な要素は、自分自身で築きあげたもの、周囲から与えられたもの、「出会ったもの」が絡み合ってできあがる。
育った家庭環境や、してきた体験、仕事でも趣味でもテーマを持って何かを追いかけてきたというキャリア、出会った人、生活してきた場所、金銭的な豊かさなどは後天的要素であり、そのときそのときの「外からの刺激」だが、それが「内なる自分」を形成する重要な要素となる。





「外からの刺激」とは、見たもの、聞いたもの、出会った人、そこから生じた自身の感情のことだ。
「外からの刺激」には大きく分けて三種類ある。





一つめは、自分の体験そのものだ。
自分の五感でみたり聞いたり感じたりしたことは、外からの刺激としては一番ビビッドなものである。
遠く彼方に広がる地平線をみて、小さなことばかり考えて悩んでいる自分の日常を無性に変えたくなるというのも体験だ。
下町に暮らして人情のありがたみが肌身に染みたと感じたとか、学生時代に革細工職人の助手のアルバイトをして職人の厳しさ、おもしろさを知ったというのも体験だ。
こうした体験は、「内なる自分」に大きな影響を与える。
「あんなふうにはなりたくない」とか、「あのときの感動を大切に、自分の信じた道を進みたい」など、自分の生き方や将来への思いが、ビジョンの基になることは少なくない。





二つめは、人を介してもたらされる情報やメッセージである。
「うちの会社は、最近上層部の考えていることと、お客さんの求めていることの間に大きなギャップが生まれている。会社の方針に従っている限り、お客さまは離れてしまう。このままでは、やる気のある営業マンも辞めてしまう……」
などという会話が自分の周囲で日常的に行われるようになれば、誰でもこの状況を変えなくてはまずいと思うようになるだろう。
また、学生時代の同級生たちが次々と起業してがんばっているという情報がどんどん入ってくる人や、起業家養成スクールで成功した起業家たちの情報に触れ、起業家を目指す仲間たちと交流している人は、自分も起業したいと思うようになりやすい。
人間は自分の周囲にいる人、よく会う人、よく情報をやりとりする人から影響を受け、自分の思いを形づくっていくものなのである。





三つめは、メディアを介して入ってくる情報である。
SNSやウェブサイトの記事、本や雑誌に大いに触発されることは、誰にでもありうる。
何気なく聞いていたラジオから、一生忘れることのできないメッセージを受けとることもあれば、シンガーソングライターの歌の曲の歌詞に心が動かされて、自分の思いが急速に固まっていくということもある。
たまたま見ていたテレビ番組でレポートされていた人物の生き方に、泣けてくるほど感動して、自分の心にスイッチが入る、ということもありうる。
見知らぬ人のYouTube番組でも、これは信頼に足る情報だ、この見方は非常におもしろい、もっと知りたい、と思うこともある。
「内なる自分」が「外からの刺激」を受けて、「こうしたい」「これをしないとまずい」「それなら自分にできる」「彼にできるなら自分もやりたい」という意識が生まれ、現状と明らかにギャップがあっても自分の望む未来を目指そうと、ビジョンが出てくるのである。





小さな行動が、未来を動かしはじめる





ビジョンは、頭の中で考えているだけでは立ち上がらない。
「内なる自分」が「外からの刺激」を受けたときに、はじめて動き出す。





長期休暇の時間に必要なのは、大きな成果ではない。
自分の中にある思いや感覚が、外の世界と結びつくきっかけをつくることだ。





そのために意味を持つのが、「小さな行動」である。





自分の考えを人に話してみる。
SNSなどで短く発信してみる。
気になることを調べる。
実験のつもりで、少し動いてみる。





そうした小さな行動によって、生の情報が得られる。
人の反応が返ってくる。
自分の考えがどこまで通用するのかもわかってくる。





その積み重ねによって、未来のイメージは少しずつ具体的になる。
「こうしたい」「これならできるかもしれない」という感覚も強くなる。

最初の一歩を踏み出すのは勇気がいる。
それでも、「小さな行動」を積み重ねていくと、気づけば見えている景色は変わっていく。
小さな行動だからこそ、うまくいかなくても精神的なダメージは少ない。ダメならやめればいいし、軌道修正もしやすい。





休暇のあとに気分が落ちるのは、何もできなかったからではない。
自分の中で何の変化もなかったように感じるからだ。
必要なのは、何かを成し遂げたといえるような、立派な達成ではない。
自分の中で、ほんの少しでも何かが動き出したと言えるだけの、小さな行動である。
その一歩があるだけで、休み明けは「また同じ日常が始まる日」ではなく、「同じ日常を少し違って生き始める日」になる。