
Aさんという40代の女性から、こんな話を聞いた。
ある日、自分がこれからどう生きたいかを、よりはっきり意識させられるような出会いがあったという。
相手は80代の男性だった。
都心に住みながら、電車で1時間半ほどの山林の一部を購入し、小さな畑やスパイラルガーデンをつくっている。野菜やハーブを育て、崖を整備してレモンやみかん、柿の木を植え、椎茸などのきのこ類も育てている。小さな小屋を建て、そこから見える風景や海辺の街を描き、趣味のひとつである漁の道具を置く。外では燻製やコーヒー焙煎も楽しむ。
山の周辺の人たちとも良好な関係を築き、地域のリーダーからも頼られる存在だという。
それでいて、週に3日は仕事を続けており、これから新たに始めたいこともあると話していた。
SNSで何かを発信しているわけでもない。誰かに評価を求めているわけでもない。ただ、自分のやりたいことに向き合い続けている。その姿は、Aさんの目にとても印象的に映った。
しかも、その生き方は、何かをきっかけに急に変わったものには見えなかった。長い時間をかけて積み重ねてきたものが、そのまま今の姿になっているように感じられた。
知識が豊富で、人の話をよく聞き、自然に自分の考えも伝えることができる。多方面に人とのつながりがあり、80代とは思えない体力もある。そうした積み重ねが、その人の在り方として表れていた。
話を聞くうちにAさんは、自分もこんなふうに生きたい。そう強く思ったという。
誰かの生き方に触れると、自分の望みが見えてくる
出会いは、新しい情報をもたらす。
それだけではない。
感動や驚き、共感といった感情が動き、「自分も何かをしたい」という気持ちが引き出されることがある。
Aさんにとって、その日の時間はまさにそうしたものだった。
単に「素敵だ」と感じたのではない。その生き方の中に、自分がこれからどう生きたいかのヒントを見ていた。
どんな暮らしに惹かれるのか。
どういう時間の使い方をしたいのか。
何を美しいと感じるのか。
何に豊かさを感じるのか。
誰かの生き方に触れたことで、かえって自分自身の望みが見えてきた。
出会いによる「外からの刺激」が、「内なる自分」に触れる
出会いは外からの刺激である。
しかし同時に、自分の内側にあるものにも触れてくる。
Aさんはその男性と出会ったとき、「自分もこんなふうに生きたい」と自然に思った。その瞬間、ただ相手に感心していたのではなく、自分の未来に触れていたのだと後から気づいた。
つまり、その出会いを通して、未来のイメージが少し具体的になったのである。
そして、それほど強く心が動いたのは偶然ではないとも感じた。
言葉にはできなくても、自分の中に、もともと「こういうのがいい」「こういうふうに生きたい」という感覚があったのではないか。だからこそ、その生き方に触れたとき、単なる感想で終わらず、自分の未来の感覚まで動いたのだろう。
もしその感覚が自分の中にまったくなければ、この出会いはここまで意味のあるものにはならなかったかもしれない。
出会いは外からやってくるが、それがビジョンにつながるかどうかは、自分の内側に何があるかにも左右される。
誰かの生き方に強く心が動くとき、そこには相手の魅力だけでなく、自分の中にもともとあった願いや感覚が映し出されている。
だから、出会いによってビジョンが生まれるというのは、外から何かを与えられることではなく、自分の中にあったものが輪郭を持ちはじめることでもあるのだ。
ビジョンは、最初から完成されていなくてよい
大切なのは、最初から明確な答えを持つことではない。
むしろ最初は、
「なんだか惹かれる」
「こういう感じがいいと思う」
「こんな生き方をしてみたい」
その程度の感覚でも十分だ。
そうした未来のイメージが、自分の中に少しずつ立ち上がってくること。それがビジョンの始まりなのだ。
この先を考えられないときに、必要なこと
将来のことが見えないとき、人は頭の中だけで答えを出そうとしがちだ。
しかし、それだけでは足りないこともある。
実際に人に会うこと。
誰かの生き方に触れること。
自分の感情が動く出会いを持つこと。
そうした時間の中で、自分の未来の輪郭は少しずつ見えてくる。
Aさんにとって、この出会いは、そのことを実感させる出来事だった。
ビジョンは、考えることで生まれることもある。
しかし、人との出会いから始まることもある。

