コンサルタントの事件簿

誰もが傷ついているときに、すべきこと

3.11から一月あまり。
メディアでは非常に多くの悲劇の映像が流れてきました。
その記憶の蓄積はいまも、多くの人のこころに重たい悲しみを打ち寄せています。
いま、被災していない人たちと接していて、心配なことがあります。
たとえば、東京で働くビジネスパーソンたち。
東北出身者もいます。私もその一人。
しかし、自分自身は被災していません。
多少の不便はあっても、今後の仕事の不安はあっても、多くのビジネスパーソンたちは、とりあえず無事に日々を送っています。

毎日、職場に通って仲間と顔を合わせることができる暮らしは、重たい心を緩和してくれます。しかし、表面的には普通に平静に忙しく仕事をしている人たちの心の本当の状況は、だいぶ違います。


親戚、友人、知人が被災していたり、メディアで被災地の情報を知ったりして、何かしなくてはと考え、何もできないもどかしさを処理できていない人が、どれだけたくさんいるか。
「実際どんな感じですか?」と聞けば、被災を逃れた申し訳なさ、無事なのに何もできない情けなさを、心のなかに内包しているひとがとても多いことがわかります。

苦しんでいる人のために、何かをやらなくてはならない。
だが、本当に何をすればいいのだろう。

多くの人がそう思っています。
テレビでは、ACのCMが、「日本は強い」「あなたは一人じゃない」「今できることをやろう」と訴えかけています・・・。

しかし、こんな時に忘れちゃいけないことがある、と私は思っています。

人は誰も、自分のやりたいこと、やって楽しいと思えることから発想したときにはじめて、多くの人にとって価値のある貢献を生みだせる。

このことです。
裏を返せば、自分を犠牲にして何かをやり続けると、結局は人のためにならない、ということでもあります。

誰かのために、と思ってはじめたことがその誰かに届かないとき、人は落ちこんでいきます。〈誰かのために〉が、〈自分のため〉と重なって楽しくなっていかないとわかると、人は消耗していきます。
「ねばならない」とがんばる生き方では、人は長く続かないのです。自分にやる気と元気がなければ、助けたい相手を、元気にすることはできません。

たったいま目の前に、命を繋ぐコップ一杯の水が必要な人がいるとき、一刻を争うときは、別です。

しかし、いま災害の現場にいない多くの人にとって、直接すぐに役に立つノウハウや情報を持ちあわせていない多くの人にとって、自分の元気を維持しながら人を助けるために重要なのは、3年、あるいは5年先を見通した中期的視野だと、私は思います。
「これから自分は、○○で役に立つことができるだろう。自分に向いているし、もともとやりたいことだから」
こう実感しながら継続的に未来に向かっていくための、中期的視野です。

目指す未来像と、どうやって実現するかという自分の方法がはっきりすると、人は誰でも落ち着けます。

先の長い日本の闘いは、はじまったばかりです。
少し時間がかかっても、自分の得意なことを磨いて、人を助けられるようになっていくことはたいへん重要ではないでしょうか。

「自分がやりたいこと」を自信を持って思い切り熱く語り、支援者、共感者を得て、やりたいことを実現していくひとは、なぜそれができるのか。
それは、自分のやりたいことが、結局、人、社会の役に立つことに繋がっていくことを知っているからに他なりません。

いま、被災地にいない多くの人々にとっても、自分自身を癒すことはとても大切だと、私は考えます。
誰もが傷ついているからです。
それでも、被災していない自分を癒すだけでは、どこか申し訳ないと感じてしまう人は少なくないようです。無理もないことでしょう。

しかし、こんなときこそ、自分を大切に。
そして、「私はこれをやっていきたい。それは誰かの役に立つ」と、イメージできるように自分のビジョンを見つけていくことが大切。
役立つのが今すぐではないとしても、かならず出番が来ると信じて。

この姿勢は、自分を元気にし、多くの人と響き合い、人を助ける生き方に繋がると私は思います。