
自分は、どこか決まった生き方や働き方の枠に、うまく収まりきっていない。
そう感じたことはないだろうか。
周囲を見ると、進むべき道が最初から用意されているように見える。
努力の方向も評価の基準もはっきりしていて、それに沿って行動すれば、ある程度の結果が得られるように見える。
一方で、自分が向き合っている課題は、そう単純ではない。
何を目指せばいいのか、どこまでやればいいのか、その前提自体が定まっていない。
この違和感は、個人の能力や覚悟の問題ではない。
プロデュースという考え方
「新しい何かを創りだす」行為を、幅広くプロデュースととらえる考え方は、いまやさまざまな業界や職種に広がっている。
ここでいう「何か」は、必ずしもモノである必要はなく、状態や関係性、新しい状況そのものを含んでいる。
新規事業をプロデュースする専門家は、ビジネス・プロデューサーと呼ばれるようになった。
社員が新規事業開発担当として、社員のままその役割を担う場合もある。
また、クライアント企業から事業のプロデュースを依頼され、複数の企業をつなぎながら、新しいビジネスを形にしていく人たちも存在している。
変革の仕掛け人は、一般に変革プロデューサーと呼ばれているわけではないが、新しい状況を生みだすという意味において、変革をプロデュースしていると言ってよい。
この考え方は、仕事の場面に限らない。
顧客との関係性、チームのあり方、人と人とのつながり、さらには自分自身のキャリアや生き方もまた、プロデュースの対象になりうる。
なぜ共有されてこなかったのか
本来、「新しい何かを創りだす」という行為は、問題解決の観点から見ても非常に重要である。
にもかかわらず、プロデュースによる問題解決の方法を体系的に教えられる機会は、ほとんどなかった。
問題解決といえば、「問題には必ず原因があり、その原因を特定し、合理的な対策を講じれば解決できる」という考え方が、もっとも基本的なものとして共有されてきた。
これは合理的問題解決と呼ばれ、ビジネスの現場では今も強く根付いている。
企業が安定的に発展するためには、うまく回せば利益が出るシステムを構築することが欠かせない。
その結果、ベストプラクティスを追求することが正しいという価値観は、事業がうまく回れば回るほど、強く信奉されていく。
しかし同時に、その価値観は、既存の枠組みを疑うことや、新しい考え方を取り入れることへの足かせにもなっていく。
枠組みが固定されたときに起こること
効率のよいシステムを壊さないことが最優先になると、意思決定は集団の合意を前提とするようになる。
すると、良いか悪いかを判断しきれないアイデアは、却下されるか、保留のまま時間の中に埋もれていく。
リスクを引き受け、個人として責任を取るような行動は歓迎されにくくなり、意思決定権を持つ管理者は次第に現場感覚を失っていく。
一度、組織として公式に決定された方針を、あとから覆すことは非常に難しい。
こうした状況は、皮肉にも、収益が上がっている企業ほど起こりやすい。
教育やキャリアにも見られる同じ構造
この「決まった枠組みにとらわれ、自由に自分で考えて行動できなくなる現象」は、教育やキャリアの場面にもよく似た形で表れている。
実績のある塾に通い、受験指導のうまい予備校で、最小の努力で最大の成果を出す方法を学ぶ。
どうすれば、どこの大学に入れるか。その道筋は、かなりのところまでパターン化されている。
一方で、決まったルートから外れた進路には、「これをこうすればなれますよ」と教えてくれる場所がほとんどない。
情報は分散し、ルートも一つではなく、あらかじめ用意された答えが存在しない。
そのため、相談を受ける側も、無難な結論を選びやすくなる。
これは誰かが悪いというより、プロデュースという考え方が社会の中で共有されてこなかったことの表れでもある。
プロデュースはどこから始まるのか
プロデュースによる問題解決の方法は、誰も教えてくれなかった。
教えられなかっただけでなく、ときには既存の価値観によって、やめておけと止められてきた。
本当にやりたいことを見つけるためには、自分自身を見つめ、試し、失敗し、人と出会い、体験を積み重ねていく必要がある。
しかし、そのプロセスを十分に経験できた人は決して多くない。
そもそも、プロデュースは、人から教わるだけで身につくものではない。
「自分」がなければ始まらない。
自分で考え、自分で動き、人と出会い、その中で化学反応を起こしながら、少しずつ形にしていく。
それがプロデュースである。
小さな行動という入り口
プロデュースは、いきなり大きな行動から始める必要はない。
むしろ重要なのは、目立たないが確実に積み重ねられる小さな行動である。
調べる、試す、話す、確かめる。
こうした行為はすべて、自分自身の判断で行えるプロデュースの一部であり、次の展開に向けた準備でもある。
小さな行動を重ねることで、生の情報が集まり、共感者や支援者が見えてくる。
構想は磨かれ、自分自身の理解も深まっていく。
一歩踏みだすための現在地
型にはまった生き方に違和感を覚えるとき、人は「決めきれない自分」を問題にしがちである。
しかし多くの場合、問題はそこではない。
扱っているのが、あらかじめ答えが用意された課題ではなく、関わりながら形が立ち上がっていく種類のものだから、判断が先送りになるだけである。
そのような状況では、無理に結論を出そうとする必要はない。
一度保留にし、時を待ち、別の関わり方を試してみる。
小さく動きながら、状況の変化を見極めていく。
プロデュースとは、そうした関わりを続けることで、あとから意味や方向性を立ち上げていく営みである。
いま自分がどこにも収まりきらないと感じているなら、
それは迷っているのではなく、
ここから関わり始めればいい段階に来ているということなのだ。

