コンサルタントの事件簿

〈不安〉と〈危機感〉と ビジョン


不安と危機感のあいだには、大きな違いがある。


不安は、どうしょうもない(笑)。


危機感は、このままではマズイと明確に思っているので、行動を起こせる。


この違いだ。


 

だから、危機感は、生産的だ。


どうすれば、不安を危機感に「昇格」させられるか?


 

その答えは、「仮説」を立てることである。


 

もしXという状態があるなら、こうなるはずだ


と仮説を立てると、「こうなった時」に備えた対策Yを考えることができる。


 

仮説を立てるには、情報と思考が必要だ。


情報が何もないなら、動いて調べたり、人と会って話をしたり、ウェブで検索したり、


そういうことが第一歩となる。


 

もちろん、仮説は正しいとは限らないので、


仮説を立ててからも、動きながら情報を集めたり、


じっさいに小さな行動をして検証してみたり、


そういうことで、より良い仮説にしていけばいい。


仮説自体が間違っていることもありうる。


その場合は大胆に、一旦その仮説を捨ててしまえばいい。


 

「仮説」があると2つの大きな利点がある。


 

一つは、心の準備ができること。


もう一つは、仮の未来であっても、そうなることを意識して


危機を脱出できるような事前の仕込みができること。


 

この2つだ。


 

仮説があれば、人は情報感度を上げられる。


関連情報が入りやすくなる。


初めの仮説が、より良いものに修正されるから


心の準備も、事前の仕込みも、よりリアルで的を射たものになるはずである。


 

じつは、このことが、ビジョンと大きな関連がある。


 

ビジョンとは、「現状から飛躍しているが実現を信じることのできる未来像」


のことである。


通常は、こんな状況を生み出したい、というように


これから実現したい「望ましい未来」をイメージしたものになる。


しかし、このままでは、マズイことになる、というように


「望ましくない未来」をイメージしたものも、ビジョンなのである。


 

つまり、ビジョンには、


「実現を望まれるビジョン」desirable vision と


「実現を望まれないビジョン」undesirable vision


の2つがあるのだ。


 

じつは、ビジョン自体も仮説である。


 

「こんな状況が生まれたら素晴らしい」と、


魅力的な未来像を設定してそれを目指していく、


 

という使い方と、


 

「こんな状況が起きたら大変だがその危惧がある」と、


危機的な未来像を設定して、それを阻止していく、


 

という使い方ができる。


 

いま、日本は、とても不安な状態が広がっているのではないだろうか?


 

国際情勢もしかり。


将来にむけた生活や人生設計もしかり。


仕事、働き方の問題もしかり。


そして、


リーマンショックをはるかに超える規模のバブル崩壊危機の問題もあるらしい。


 

ジャンク債を抱えた大手金融機関が日本にはいくつもあり、


国際的に金融市場を牛耳る外資のグループは、すでに、そのジャンク債を


安い値段で売り抜けてしまおうと動き出したという。


本業で稼ぐのではなく、高値をつけた株を担保に資金を借りて投資に回したあげく


投資先の株価が暴落している状態が起きているということなのだ。


 

こういう時は、不安を危機感に変えて、行動を起こすための仮説が必要だ。


つまり、「実現を望まれないビジョン」の設定が有効だ。


そのために、良い情報をあつめて、良い思考をする必要があるのだが


どうも、よのなか、フェイクニュースが多くなっているようだ。


 

意外に、草の根の、個人が頑張って発信しているYouTubeの情報が


役に立つなと、最近、私は思っている。


そうしたいくつかをチェックして、仮説を立ててみると


徐々に仮説の正しさ度合いが見えてくる。


 

そうして、正しい危機感が浮上してくる。


 

人間は、お金や立場で動かざるを得なくなる存在かもしれない。


いや、そうだろう。


しかし、人間には本来持っている純な良心というものがあると私は思う。


 

そこに根ざして正しい情報を発信しているかどうかをみる目が、


結構問われる時代だな、と、いま私は感じている。