コンサルタントの事件簿

一億総クリエイター時代が来た!



 私は今、コンサルタントをしている。しかし、ビジネスマンとしての駆け出しは、コピーライター系の制作マンだった。
 大学を出るときは、ノンフィクションライターになろうと決めていた。そして、文章修行と社会勉強のために、リクルートに入社した、はずだった。だが、その後、私は営業、商品企画、編集を担当し、その過程でコンサルタントの仕事に目覚めてしまった。コンサルの勉強をできる産業能率大学に転職し、35歳で独立し、今に至っている。

 コンサルとして独立した当初は、企業から、販促、人材採用、従業員向けの啓蒙や教育のために使う何らかのメディアが途中でできるコンサルを多くやっていた。
 なんであれ、人を気持ちよく動こうという気にさせ、その人が社員でも、経営者でも、クライアントのお客様でも、前よりハッピーな状況を実現してしまう方法を追求していった。

 その際にメディアは大きな役割を果たしてくれた。商品の売り上げを伸ばすための販促ツールとなったり、営業マンの教育ツールとなったり、社員が意識を共有し、ワクワクする魅力的な未来像を社内に普及させて社員が共有し、やる気を高めたり、ユーザーや社会に会社の新しい姿勢を打ち出してマスメディアに取り上げられていくようにしたりするために使われた。

 だから、私はコンサルであると同時に、ライターであったり、ディレクター、プロデューサーであったし、デザイナーを雇ってもいた。
 そのデザイナーは、うちがコンサル会社でもあったので、様々なチャートをセンス良く仕上げる技術を磨いていき、スムーズにフリーランスとなり、出版界でビジネス書系の図版づくりやDTPを請け負うクリエイターとしては最も高い価格をつけていて、この15年、つねに忙しすぎる日々を送っている。そろそろ、身体のことを考えてほしいと思うくらいだ。

 10年間、プロデュースとビジョン創造を教えているデジタルハリウッド大学大学院では、起業を志す院生たちを相手にしてきたが、その中には、現役クリエイターが結構いる。
 こうしてみると、私はクリエイターに関わって来たといえるだろう。

 そのクリエイターが二極化している。
 「上層のクリエイター」と「下層のクリエイター」の二極化。
 上層は縮小し、下層が拡大している。つまり、中間層が上下に分かれていくが、より下層に取り込まれる人が多いということなのである。
 これは、今まではクリエイターではなかった人たち(クリエイター予備軍、一般ビジネスパーソン)がクリエイターの仕事領域に参入して、安い価格で、そこそこの仕事をするようになったことが、大きく影響していると考えられる。

 いまクラウドソーシングという世界が広がっている。ウェブサイト上で、お互い顔も知らない人間同士が、仕事をやり取りする。価格が安ければ、ダメもとで頼める。そこで十分じゃないかとなれば、その価格で、リピートが起きる。

 たとえば、忙しくてパワーポイントできれいに仕上げる時間もテクニックもない人が、美しく仕上げられますよ、という人にパワポの下書きデータを送る、そして10枚の気の利いたビジュアルが入ったスライドを1万円で納品する、といったことが行われている。
 仕事を受ける側には、自分はクリエイターだという概念はないかもしれない。会社員の副業としてやる場合も多い。腕試しをしながら、得意な技術を生かした副業になるので、十分やる意義がある。だからビジネスとしても成立する。

 こういう仕事はかつてはクリエイターの仕事だった。クリエイターが請け負うと、ビジュアルはアドビの「イラストレーター」や「フォトショップ」で「部品」となるものをつくってパワポに貼りつけたり、全部「イラストレーター」で作りこんでPDFにして納品するといったことをやっていたと思う。それで、1枚最低でも1万円。すごいプレゼンに臨む場合は1枚でも数万円以上、ときには10万円以上かけただろう。そういう仕事は、なかなか個人では発注できず、企業、あるいは広告代理店といった、プレゼン勝負の会社からの発注だった。

 それが、今では、個人が自分の社内プレゼン、営業マンがお客様向けのプレゼンをする際などにも、自費を払って見知らぬ「価格の安いクリエイター」に気楽に発注できてしまう時代なのだ。価格は安いが、水準は(もちろん玉石混交だが)かならずしも低いとは限らない。コストパフォーマンスは正直高い。
 様々なアプリケーションが進化し、プロでなくとも、それなりにセンス良く仕上げられる状況になったのことも、もちろん影響しているだろう。

 クリエイターは、そういう人たちと競合しなければいけない局面が出てきた。
 安いならやりません、といえばいいかもしれない。だが、それを繰り返すと、仕事そのものが減ってしまう危険もある。だから、下層が増えていく、という現象が起きるのである。

 これは、考えさせられる。

 一億総クリエイター時代の到来ともいえる。
 すべての人は表現者だと、私は思っている。だから、それ自体はよいことかもしれない。
 しかし、クリエイターが食べられない状況になるのは、この国にとって良いことかといえば、違うと思う。

 優秀なクリエイターが、良い仕事をする機会を失っていけば、プロがいなくなっていく。

 クリエイティブには、世の中を変えていくすごい力がある。
 その力が衰退してしまえば、国、社会を変えていく力が弱くなるだろう。そして、高いレベルの表現を楽しむ機会が減るということは、文化の衰退にもなるし、さらにいえば、人々の元気の衰退にもなるかもしれない。

 いまの時代でも、確実に、より稼げるクリエイターになっていける方法はある。

 それは、クライアントに対して、クリエイティブワークが必要になる元の目的を達成するために、必要な情報を提供したり、「こうすれば、こんな未来を実現できると思いますよ」という提案ができる人だとわからせることだ。

 人は、「何のためにこれをやるか」がわかっていて、そのために自分を生かすことができ、「やった、その結果がどうだったか」をわかることで、かならず進化していける。そこにプロ意識も育つ。

 逆に、これができると、一般ビジネスパーソンでも、デザインとかコピーライティングとか、個別のクリエイティブ技術があってもなくても、クリエイティブワークを統括したり、プロデューサーとして高い報酬を得られる、ということがいえる。

 これができれば、もちろん、クリエイティブの水準も上がる。

 クリエイターは、プロデューサー要素と、少しのコンサルタント要素を磨くことで、ステージを上がることができる。
それは結果的に、自分固有のクリエイティブ技術を高く売ることにつながる、と私は考える。
 これはそんなに難しいことではない。

 これまで、1200人以上のビジネスプロデューサー育成にかかわってきたが、このセンスを潜在的に持つクリエイターは、非常に多いというのが、私の実感だ。
 一般ビジネスパーソンの中にも、この資質を持ったまま眠らせている人がかなりいる。これも実感だ。
 その資質に気づいたとき、ひとは、ものすごい勢いで変わっていく。

 提案し、行動する。そして、新しい世界を切りひらいてしまう。

 人は何歳になっても、それができる人になると私は思っている。
 そういう生の事例を、私はたくさん見てきてしまった。

 私はコンサルタントとしてこの30年食べてきたわけだが、かつてクリエイターだった人間が、企業クライアントの対顧客の問題解決、組織内の問題解決をプロデュースして、クリエイティブな技術を生かして、コンサルタントになっていくことができたといえるなと、いまにして思うところがある。

 そして、いま、そうした資質を持つ人が、少しの後押しで開花していくことは、本当に面白いし、うれしいし、感動するし、やめられないな、と思うわけである。