コンサルタントの事件簿

転ぶことだってありがたい






転んだら痛いから、できるだけ転ばないように歩いてきたけれど、それでも転んでしまう。人はみな転ぶのだ。





転ぶとみっともないし、情けない。





私も、何度も転んできた。いまだに、ときどき転んでいる。転びたくはないけれど、自分の力を超えたことをやろうとがんばるときは、転びやすくなる。それから、自分が自分で見えていないときも転びやすい。ときどき、なんで転んだのかわからなくて転ぶこともある。





でも、そのおかげで、わかったことはたくさんある。





転んだおかげで、だれかに助けてもらいながら道が開けたこともある。悔しくて、真剣に自分を磨いてやる気になって、できなかったことができるようになったこともたくさんある。





転ばなければ、いいことも何もなかったんじゃないかとときどき思うのだ。





これまで、成功している様々な人に、どうやっていまに至っているのか話を聞いてきたが、みんなどこかで転んでいる人ばかりである。





何かをやりたくて、頑張ったけれど、何かが足りなくて認めてもらえなかったり、だれかに「おまえなんかダメだ」と否定されたり、思った仕事はやらせてもらえなかったり、つらい別れがあったり、だまされたり裏切られたり、予想が大きく外れたり、お金がなくなったり。





何かが足りなかったのか、運が悪かったのか、自分の思いの方向が間違っていたのか、とにかく転んでしまったことが、その人の大事な物語になっている。そして、その物語が、その人だけがもっている人間の味になっているのである。





転んだおかげで、いまがあるとだれもがいう。私もそう思う。転ぶことは、悪いことばかりではない。





しかし、だから転びなさいとはいえない。





それはやっぱり痛いから。





でも、転んでしまったら、こう思ってもいいんじゃないか。





何かをつかめるかもしれない。もっといい自分になれるかもしれない。新しい人生が開けるかもしれない。これはありがたい、かもしれない。





と。





そう思える人と、思えない人の間には、幸せをつかむ力に天と地ほどの差が出てくる。





転んでみんな大きくなった。転んだお陰で未来が開けた人は数多い